八仙茶館日報

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世界が曖昧だったころ。
その娘はその世界に曖昧に生きた。

こういう風に見える、という最初の驚きはとうに忘れた。

何年かして次第にはっきりとしてきた世界に彼女は生きた。
いつの間にかグレースケールのなかに生きていた。

こういう風に見えない、という他のひとの声はこっそり笑った。

けど。

と彼女はときどき思った。

これはこういう風に見えているだけで、ほんとは。
だって他のひとがそういう風に見えないと言ったりもしてるから。

でもこういう風に見えるんだもん。

世界はそのようにして揺れていた。

歳月を経て彼女は街へ出た。
街ではスケールの乱立を見た。

最初の1年間、彼女はその乱立を否定した。

だって世界はそういうのじゃないから。

次の2年間を困惑して過ごした。
彼女はその乱立をどう扱っていいかわからなかった。

だって情報量が多すぎるんだもん。

たまたま出会った年上の女性と話しているときに、その人が言った。

へえ、そういう風に見えるんだ。

次の1年間、彼女はその女性を想って生きた。

その女性はマキさんといった。

その年の終わり、となり街の公園でお祭りがあって、ふたりは電車に乗ってそこに出かけた。

お祭りに来るなんて久しぶりだな。

そう思いながら、彼女はマキさんと一緒にその公園を歩いた。

人もこんなにいっぱい。

薄曇りのなか、たくさんの影が、ゆらゆら、と揺れていた。

ふたりもそうして揺れていた。

雨になるかもしれないね。

とマキさんが言った。
ふと見上げると雲が厚くなっていた。

雨が降るまえにどこかに行こうか。

そう言い終わる前、突然に彼女の頭の上が、ほっ、とひらいて、そこから3匹の金色の龍が、ふわり、と出た。
驚いて隣を見るとマキさんの頭からも、ふわり、と金色の龍が。

ふたりは笑った。

まわりでも笑い声が起きた。

まわりで揺れていたひとたちの頭からもひとりひとり金色の龍が。
龍の群れは、ふわり、と舞いながらその場でめぐり、煙のように立ち込めた。

しばらくすると金色に輝く龍の煙は、ほお、と天へ昇り、雲へと吸い込まれていった。

公園は静かな日常に戻った。
ふたりはそこををあとにした。

帰りの電車のなか。
ぽつぽつ、と窓を雨が濡らす。

なんだったんだろうね、さっきの。
ほんと、ねえ。

不思議と眠たくなってマキさんにもたれかかった。

彼女はそうして眠り、しばらくのあいだなにかが廻る夢を見ていた。

ねえ。

と言われて目が覚めた。

彼女は夢のことを言いたくてマキさんを見た。
マキさんは窓の外を見ていた。

ねえ、あれ。

彼女が窓の外を見ると、雨に濡れた遠く山の向こうに虹がかかっていた。

あっ、虹。

ねえ。

うん。

彼女は夢のことなど忘れて、だんだん遠ざかる虹を見ていた。
電車は、ごとごと、と揺れながら街を走った。

雨がまだ少しだけ、ぽつぽつ、と電車の窓を濡らしていた。