事実からの出発とそのために必要な勇気:『知の逆転』書評
知の逆転を読んだ。
吉成真由美氏によるインタビュー集で、インタビュイーは下記の面々。
ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』)
ノーム・チョムスキー(生成文法)
オリバー・サックス(神経科医)
マービン・ミンスキー(人工知能の父)
トム・レイトン(アカマイの経営者)
ジェームズ・ワトソン(二重螺旋)
吉成真由美氏は、ノーベル医学賞をとった利根川進氏の奥さんだそうで、これは読んだ後で知った。
そういえばワトソンも「ススム」って名前を出してたな。
世の中には問題がたくさんある、情報も押し寄せる。
ついでにじっくり考える暇も余裕もなくなりつつある。
それでこの企画。
もしも、膨大な時間と労力をかけ、社会の枠組みや時代の圧力にへつらうことなく、目をこらして物事の本質を見極めようとし、基本となる考え方の踏み台を示してくれるような人がいるのであれば、ぜひその言葉を聞いてみたい。
(私も!)
というわけでMITに関わる(?)6人の碩学に吉岡さんがいろいろ聞いてくれる。
こんなインタビューできたらいいな、と思った。
流れの中で話を深める質問がたくさんあるなかで、「見かけがパートナーを選ぶ際に影響を与えることをどう思いますか」とか「宗教をお持ちですか」とか共通する質問もあり、人によって考え方に違いがあって、その場で比較でき、こういうのもとても面白かった。
まえがきで「この世からロマンが失われつつある。」と書いたあとで、
ほとんどのロマンは見事な誤解のうえにこそ成り立っていて、誤解が大きいほど感動も大きかった。
というのも、ロマンティック。
というか「ロマネスク」(@ジラール)か。
素敵なまえがきである。
少し人文寄りの風味を感じるのは気のせいだろうか。
narrativeとかそこらへんの河合隼雄先生と相性のよさそうなというかなんというか。
それからかなにからか、碩学たちの話を吉岡さんの横にいる気分で聞いていると、たとえばミンスキーの、
ばかげているのは明らかにユングの方でしょう。
という風な「科学の人」っぽい断定が出てくると
wow..ほんまですか
という類のプチショックをこちらも感じる。
さて、インタビューであるが、話の中でこういった断定部分が特に面白い。
以下は『銃・病原菌・鉄』によって、西洋覇権の地理的要因を示し、能力説を否定したダイアモンドの言葉。
人生というのは、星や岩や炭素原子と同じように、ただそこに存在するというだけのことであって、意味というものは持ち合わせていない。
そのあとのチョムスキーは、生成文法理論を展開したりしていて、なんか人間中心主義っぽくてなあ、と思ってはいたけれど、
もし平和的な関係というものが、互いを破壊する能力とわずかでもそれが行使される可能性のうえに成り立っているのであれば、われわれはもうおしまいです。
という言明は格好いいなあ、と思った。
人間中心主義的なロマンと、ハーバマス的な人間への信頼はあるけれど。
自分を振り返ってみると、そういう浅はかな批判というか反発?というかそういうものばかりもっていて、それじゃあ本質示してよ、と言われると何も出来なかったり、物語を紡ぐなんていって吟味のされてない相対主義気味なよくわからんことを喋ったりしているわけで、こういう歯切れのいい、あるいは風通しのいい言説を見ると、ちょっとしたあこがれのようなものを感じる。
徒な晦渋を避けることと安直は別物である。
明晰になりたいなあ、とときどき思って、ええ歳してそんなん言わんとなんか具体的にやったらええやん、と思い返しながら、そうやって毎日の研究にとりかかるたびに感じていたところに次のようなオリバーサックスの脳の柔軟性についての話はとても興味深く響く。
これを取っ掛かりとして、新たに言語を呼び戻したり、言語野がないほうの脳で言語的な発達を促すことだってできるのです。(失語症者が脳のどこかにしまいこまれた言葉を歌をきっかけに思い出すことについて)
あるいは可塑性というんかな、ある心理学者が40代になってから音楽を始めたら、1年後に脳の活性部分が変わったことを紹介してくれてたりするのもありがたい。
またミンスキーは(本来ロボットが活躍しそうな場面であるところの)2011年の福島でロボットが活躍しなかったことについて、
これまで過去30年(ロボット工学分野で)いったい何が起こってきたのか、全く私には理解しがたい。
と言って、ロボット工学のエンターテイメント化問題を穿つ。
ストレートな技術というのはこういうことよなあ。
冒頭でこの件を質問する吉岡氏もさすが。
最近個人的な話で、androidから印刷できるようになったコンビニのプリンタとその専用にインストールせなならんアプリを使った時に、自分やったらもっとええ設計できるんと違うかな、と思った時に考えていたことがはっきりしたような気がする。
ニーチェが言うように、
価値判断を教える偽教師は多く、本質を示す教師は少ない。
やったっけ。なんか自戒含みやけど。
レイトンの語るアカマイの話もthe Solution!って感じで素敵。
solutionってなんかよくわからんなあ、と思ったことがあって、それは「問題解決」ということと実際その言葉を冠した企業のやっていることとの間に乖離があるような気がしていたから。
一度「問題解決の教科書」みたいな本を買って読んだことがあったけど、それでもこの本の内容をどう応用するのかよくわからんかった。
レイトンのアカマイのsolutionみたいな問題解決ばかりならすんなり理解できたんかな。
自分の理解力の乏しさを棚に上げつつそんなことを思った。
ワトソンの話、というかこの本の中の話で一番印象に残ったのは、
たとえば、私は中華料理は不味いと思うわけですが、そう言ってはいけないことになっている。イスラエルの料理も不味いと思うんですが、そういうことを言うと、反ユダヤ主義だと言われる。そうなってくると、ほとんどユーモアの入る余地もなくなって、すべてが大真面目になってしまいます。私はマクドナルドが好きなんですが(笑)。
あるいは、
おお、感情は常に理性より重要です!(中略)私の情熱は「真実を探る」ことにあります。理性では「真実を明らかにしたらたいへんなことになる。自分の住んでいる市政府が腐敗していることを知らないほうがいい」と知っていても---
ちょっとここ数年、物語を編む感じの内的生活をしてきたから、「事実に基づいてものを考える能力(p.284)」を養うトレーニングをしたら楽しそうだなあ、と思った。
そのうえで科学の人と話すときに受ける印象の奥にあると個人的に信じている「バランスの取れた(あるいはそれゆえにときどきイカれたように見える)明晰」というのを自分がもし今後獲得したらもっと楽しそうだなあ、と思った。
読みたい本が増えたり、前に読みたいと思っていた本を思い出したりもして、実りの多い読書を久しぶりにした。
立ち位置がわからんなったらときどき帰ってこよう。
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<帝国> グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性
レナードの朝 (ハヤカワ文庫NF)
文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
ダーウィン以来―進化論への招待 (ハヤカワ文庫NF)
心の社会
ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (ハヤカワ文庫NF)
買った本のこと。
『知の逆転』を、さっき外に出たついでに本屋に寄って買ったので、今から読む。
もう一冊買ったのは、錬金術の本で図に期待して買って、さっき見たら文章も素晴らしくよかった。
平凡社のイメージの博物誌シリーズは秀逸。
知の逆転の方は、インタビューされる方もする方もなんとも知性あふれる面々。
憧れる私。
賢くなりたい!という欲求を吟味してみるのは面白いような、野暮ったいような。
きょうは暑いし、横になってゆっくり本読むよ。
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犬と川について
そういえば最近書いてないな、と思っていたところ、5000%200みたいなin/outputの比率の話があったので、久しぶりにはてな再訪。
なんかデザイン変わってwordpressっぽくなってる!
慣れたインターフェイスというの嬉しいもので。
とかってこんなこと書くのも失礼な話か。
冒頭の5000%200というのはこちら
↓
毎日、200 words書いて5000 words読むこと。海外のどこかの研究室の方針ですが、どこの研究室であったかは忘れてしまいました。というのも、多少の語数の違いはあっても、いくつかの研究室で類似した方針が掲げられているのを見たことがあるからです。大学院生には、そのくらいの研究基礎力が求められるということだと思います。
http://d.hatena.ne.jp/shooes/20130520
大学とは離れたけれど、研究の基礎力があれば、と思うことはたびたび。
話は変わって、冥王星のこと。
2011年と12年にハッブル宇宙望遠鏡が発見した、冥王星の衛星の名称を募集していた米民間団体「SETI研究所」は2日、それぞれ「ケルベロス」「ステュクス」に決まったと発表した。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130703-OYT1T00577.htm?from=navr
ステュクスというのは此岸と彼岸の間の川のことだそうで、擬人化されて女神の名になったとのこと。
冥王星の衛星は他に「カロン」「ニクス」「ヒドラ」とあるらしく、渡し守のカロンというのは、そうか三途の川の渡しか、と思った。
境界というのは神話のなかでも重要な役割を占めているようで、
(地上界)と常世国(不老不死の理想郷)との間は広大な「海」によって、また黄泉国(死の国)との間は巨岩でふさがれた「黄泉比良坂」によって隔てられているとされていますし、より有名な仏教の世界においては、この世とあの世は「三途の川」によって分かたれているとされています。
http://www.h6.dion.ne.jp/~em-em/page150.html
という紹介もあった。
冥王星ってカイパーベルトとか見つかる前は太陽系の境界線を描く天体で(今でもそんなイメージはあるし)、名付けた野尻先生のセンスは素晴らしいと思った。
オールトの雲の項目にこんな記述があった。
現在太陽系から63光年の空間に存在するグリーゼ710 (GL710) という恒星が、およそ150万年後に太陽から約1光年の位置まで接近するため、仮にオールトの雲が存在するならば、近接する空間のオールトの雲はかなりの影響が生じると予想される
http://ja.wikipedia.org/wiki/オールトの雲
wikiめぐりはなんとも楽しい。